電池と水素 | 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 490

電池と水素

私は、週に2度江戸川橋に通っている。
江戸川橋と言われても知らない人が多いかもしれない。神田川に平行する路と市ヶ谷から護国寺を通り池袋に至る路の十文字にある。神田川に架かる橋が江戸川橋で、正面に護国寺が見える。

護国寺は、五代将軍綱吉が生母の桂昌院の頼みで祈願寺として建てたのが1681年とされている。
本堂は元禄時代の建築工芸の粋を結集したものとされ、鐘突き堂の除夜の鐘の音は、懐かしく、忘れられない。本堂の前の階段や広場で、私は子供のころによく遊んだものだ。

江戸川橋を渡る路は、関口を通り真直ぐ護国寺まで伸びている。護国寺の参道でもある。江戸時代は、中仙道から江戸に入る要所でもあったのだろう。江戸五不動のひとつ目白不動は、この橋の袂の真言宗豊山派の寺院東豊山新長谷寺にあった。現在は、高田にある神霊山金乗寺に移されたと聞いた。

関口には、日本で初めてフランスパンを作った関口パン、上総久留里藩主の黒田豊前守の下屋敷跡に作った椿山荘、橋の手前は、山吹町といって太田道灌が鷹狩りをしていた時、雨にあい農家に立ち寄ったところ、村娘が山吹の花を1輪差し出したという「山吹の里」伝説の村である。他の地でも同じ伝説が語られているらしいが、どちらが正しいか判らずにいる。

早稲田大学の正門に続く広い道もある。現在では、この一帯は、大日本印刷があるためか、小さな印刷会社や製本会社がひしめき合っている。

その江戸川橋の交差点、昔は十文字といったらしいが角から数軒目にドトールコーヒー江戸川橋店がある。
私は、週に2度この店にいる。いつの間にか大勢の老人仲間が出来てしまった。赤坂のオフィス近くにある珈琲店と同じようだが、困ったことに私が行く曜日に集まるのが習慣になってしまった。店の前の路の向こうに神田川、その向こうが丘になり椿山荘や田中角栄邸、日本女子大学がある。昔この丘が鷹狩りの場だったのようだ。

先日、違う曜日にドトールに行った。店の奥に喫煙所がある。アイスコーヒーをテーブルに置き、荷物を椅子に置いて喫煙所に入った。不思議にいつもと顔ぶれが違う。ひとり老人が入ってきた。まっ、その人も超末期高齢者に年寄扱いをされるのは嫌だろうが、入ってきた老人がぶつぶつと言い出した。最初私は、知り合いでもいてその人に向かって話し出したのかな、と思ったが皆そっぽを向いている。よく老人ホームの中で見かける光景だったが、話を聞いていると至極まともである。

「トヨタは、水素を燃料としたエンジンの開発をした。素晴らしいことだが、日本の他の自動車メーカーは、トヨタと共にならずに、外車と同じ電池自動車ばかり作っている。あんなモノ10年も持たないよ!トヨタに右へならえとでもして、共に水素で走る車文化を日本でやりゃいいんだ。それでないと水素スタンドが作れないからね」
老人と目があった。その通り!きっと私の目が返事をしてしまったようだ。その後が、長かった!