スマホ病 | honya.jp

閉門即是深山 70

スマホ病

私は、現在勤め人ではない。
以前は、出版社に勤めていたから地下鉄で通勤していた。出版社の編集部は、作者が働いた後の仕事だから編集者の仕事は不規則になり、始業時間もそれに合わせてフレキシブルになってしまう。
私の出勤は、それでも早かった。社に着くのも午前11時ごろであったが、どの編集部にもほとんど誰も出勤していなかった。そのかわり夜が遅い。朝方帰るのがあたりまえだった。会社も事情が判っているから、出勤が遅くても文句を言わない。下手に文句を言おうものなら残業代をつけろと言われるからだ。ほとんど毎日、長い時間働かねばならない編集者たちに残業代などつけていたら、出版社などは経営がなりたたなくなってしまう。
私ももうじき70歳になる。家人との約束もあり、また現在使わせてもらっているオフィスのオーナーの優しさに甘えて、毎日赤坂に出勤している。
それも出版社に勤めている頃よりも、朝が早い。9時過ぎには赤坂のオフィスに近い喫茶店に入り、本を読みだす。ということは、通勤ラッシュ時間に地下鉄に乗っていることになる。我ながらアホだと思う。せっかく社会から甘く扱われる年齢になり、なにも混んだ電車に乗らなくてもすむようになったのに、敢えて乗るのは、アホであり、ひと迷惑でもある。が、しかし先にも書いた状態であるし、老人になると朝早く目覚めるので致し方がない。

今朝、地下鉄のダイヤが乱れ、私の乗る駅に電車が遅れて到着した。ラッシュに到着遅れが重なったからプラットホームは、通勤客で溢れかえっていた。押すな、押すな、である。押されるままに私は地下鉄に乗り込んだ。ドアが2、3度開け閉めされている。たぶん荷物がドアに挟まったり、乗客が挟まれたりしているのだろう。私の乗ったドアは、優先席付近だった。ひとの肩越しから覗くと乳母車に乳飲み子が乗せられていた。
混んだ電車の中、乗客たちは気を使いながら守るように乳母車を囲んでいる。驚いたことに、その乳母車をおさえている両親らしきひとがいない。乳母車は、誰の支えもなくラッシュでぎゅう詰まりの通勤客の中にポツリとあった。
ターミナル駅で乗り換えのためであろう、多くの客が降りた。まだ、支えのない乳飲み子を乗せた乳母車が置かれていた。優先席は、3人掛けであった。端にスマホに没頭する女性が座っている。次の駅でその女性は、乳母車を押して降りていった。その乳飲み子の母親に違いない。
大道りの交差点で、スマホに熱中して信号を無視している輩を最近よく見る。スマホを覗きながら自転車に乗り、私にぶつかってきた人は2人や3人ではない。また、スマホに夢中になり我がもの顔で優先席に座り、私より年寄りを立たせている若者が多くなってきたような気がする。7人掛けの電車の席の5人、6人は、スマホに夢中である。

先日映画館に入った。私の隣に小学生低学年の姉妹が座った。最初は、母親と共に来たのだが、映画が始まる前に「終わったころ迎えに来るからね」と言い、母親だけが出て行ってしまった。それからが事だった。
上映の最中にその姉がスマホを覗くのだ。妹がポップコーンを食べやすくするためにスマホを懐中電灯のかわりに使うこともしていた。

以前、私が出版社に勤務していたとき、直木賞や芥川賞などの賞の責任者をしていたことがあった。その受賞パーティーは盛大で、受賞者、選考委員の作家の先生方を含めて1000名近くが参集されていた。そこにクレームが付き、私の耳に入ってきた。受賞者や選考委員の先生たちを勝手にスマホのカメラで撮影するお客がいるということだった。
もちろん許可を取って撮影する多くのマスコミのカメラマンもいるが、皆さん前もって許可をとり、私たちも被写体になりそうな方々にはお伝えしている。有名人には、そのお顔に肖像権なり広告権があるから発表しようとすまいと勝手に撮影はできないのだ。が、携帯やスマホにカメラ機能が付いてから権利も知らずに撮影する輩が多くなってきた。
なにに焦ってスマホを使うことがあるのだろうか? メールを読む? ツイッター? それともゲーム? 通常は、たかだかそんなことぐらいだろう。大地震の警報が鳴ったわけでもないのに。

スマホを使うのは良いが、ルールがあるはずである。
便利は、決して悪いものではない。しかし、人には人のモラルがなければならないと思う。また、その機能を販売し、儲けようとする者たちにも責任がある。使う人たちのセイにはできないのではないか?
なにか、人間が機械に使われてしまう時代が、すぐ近くまで迫ってきているような気がする。大きな足音をたてて!