第152回芥川賞・直木賞 | honya.jp

閉門即是深山 69

第152回芥川賞・直木賞

先月15日、築地にある料亭新喜楽で芥川龍之介賞・直木三十五賞の選考会が開かれ、両賞ともおひとりずつの受賞者が決まった。新喜楽は、築地場外の駐車場のナナメ向かいにある料亭である。
両賞ともに昭和10年、1935年から始まったから、もう今年で80年が経つ。
私が、もっとも仲良しにさせて頂いている作家・大沢在昌さんが『無間人形(新宿鮫IV)』で第110回直木賞を受賞されたのが、平成5年、1993年だった。賞が年に二度あるにしても月日が経つのは、早い。
「警察小説で、第110回直木賞かよ、110番とは、上手くできているよな!」と冷やかしを言った時から、もう22年も経ったのか。時が経つのは、早い。

今回は、芥川賞の受賞者、直木賞の受賞者が各1名だった。
選考委員の作家の方々は、両賞とも現在は9名である。因みに芥川賞は、小川洋子氏、奥泉 光氏、川上弘美氏、島田雅彦氏、高樹のぶ子氏、堀江敏幸氏、宮本 輝氏、村上 龍氏、山田詠美氏。
直木賞は、浅田次郎氏、伊集院 静氏、北方謙三氏、桐野夏生氏、高村 薫氏、林 真理子氏、東野圭吾氏、宮城谷昌光氏、宮部みゆき氏である。
あくまでも想像だが、受賞されたご両人の作品が候補作品の中で突出していたのだろう。
両賞とも選考会上で、票読みを2度行う。○△×の形式で、○が1点、△が、0.5点、×が0点となる。
1回目の票読みは、選考委員が全員で、始まりの祝杯を挙げて直ぐに始まる。お祝事の乾杯ではない。どんなに選考会場内でぶつかりあっても、荒れても、恨みを持ちこさない誓いの杯である。
司会者は、誓いの杯の後、選考委員個々から作品ごとに○△×を皆の前で訊き、表に記す。その合計が、1回目の評決である。このとき、×無しで○と△だけで多の作品より多くの票をとれば、間違い無く受賞者1名で決定となる。もちろん、選者全員で作品を再び評論し、第2回目の評決をとるのだが、揺るぎがないところだ。
しかし、合計点が同じでも、何人かの×があれば話し合いは続けなければならない。
○は、この作品は受賞しても良い、との表現である。また△は、どちらとも言えない、積極的に推すわけではないが、誰かが良いと言えば推しても良いとの意味である。×は、ダメという表現である。絶対に“嫌だ”といっているわけだから、×が出ると難しくなる。当然、×をつけた選考委員が他の作品に○をつけている場合が多いのだから、話し合いに入る。
なぜに推すのか、なぜに推さないのか、文学論の展開になる。受賞者が2名以上になったときは、こんな場合が多い。

さて、今回芥川賞を受賞された小野正嗣さんの経歴は面白い。東大大学院を経て、パリ第8大学で文学博士号をとる。朝日新聞新人文学賞、三島由紀夫賞を受賞し、現在立教大学の准教授である。
芥川賞は4度目の候補であった。大分県で生まれた小野さんは「故郷」をテーマに『九年前の祈り』を昨年の群像9月号に発表。今回その作品で、みごと芥川賞を受賞した。
直木賞の受賞者、西加奈子さんの経歴も面白い。
西さんは、お父様の転勤先イランのテヘランで生まれた。テヘランは、イランの首都である。そして、小学校1年のときから4年生までエジプトで暮らした。エジプトの「アラブの春」、日々の紛争を聞いて「宗教がもとで人々が殺し合うとは、納得がいかない」と、今まで封印し書かなかった自分自身の経歴を主人公に重ね合わせてこの作品にしたらしい。受賞作は『サラバ!』(小学館刊)である。テレビのインタビューで、私を支えてくれている編集者たちに恩返しをしたかったと西さんは語っている。

話は戻るが、昭和10年『文藝春秋』新年号に掲載された「芥川・直木賞宣言」と共に、祖父菊池寛の短文がある。それは「審査は絶対公平」と題するもので「賞金は少いが、しかしあまり多く出すと、社が苦しくなった場合など負担になって、中絶する危険がある。五百円位なら、先づ当分は大丈夫である。賞金は、少いが相当、表彰的効果はあると思っている。(略)当選者は、規定以外も、社で責任を持って、その人の進展を援助する筈である。審査は絶対に公平にして、二つの賞金に依って、有為なる作家が、世に出ることを期待している(現代訳:著者)」とその短文には書かれている。この「審査は絶対公平」と「責任を持って、その人の進展を援助する」との哲学が、この両賞を80年続かせてきたのではあるまいか。

現在、書店には知識なくしては選べない数の本が並ぶ。こんな時代、このような賞があることは、読者にとってありがたい。まず、書店に行って、小学館から刊行している西加奈子さんの著書『サラバ!』と昨年の『群像9月号』か『文藝春秋の芥川賞発表号』をくださいな、と言えばいい。
因みに、祖父の短文に書かれている賞金「五百円」は、現在「百万円」である。「ものの見方を変えれば、人生は変わる。そんな救いがある小説を書き続けたい」とおっしゃる西加奈子さん、「小説は土地に根ざしたもの」とおっしゃる小野正嗣さん、おふたりのハッピーを心から祝福する!