さようならをもう一度 | 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 437

さようならをもう一度

私のスマホの受信箱には、2020年3月16日に友人からのメッセージが残されている。最期の彼からのメールである。
「夏樹へ、今夜は楽しい酒宴でしたね。また、著名な作家と一緒に食事&カジノをしたロンドン時代を懐かしく思い出しました。」
と、メッセージが書かれていて、その時に揃った中学・高校時代の同窓会幹事の記念写真が2枚添付されてあった。私は、このメールに鍵をかけ間違っても削除しないように大切に取っている。

もう、30年近く前になるだろうか、彼が伊勢丹ロンドンの支社長をしていた時だった。私は、週刊文春でゴルフ発祥の地といわれるセント・アンドリュースのオールド・コースの各ホールをふたりの作家のエッセイとともに、読者に案内しようとカラー2頁の連載企画を考えていた。ゴルフ好きの作家で忌憚なくお喋りが出来る仲の良い作家、1967年に『追いつめる』で第57回の直木賞を受賞したハードボイルド作家生島治郎氏と1993年に第110回直木賞を『新宿鮫 無間人形』で受賞した大沢在昌氏を念頭に入れて作業を進めた。
というのは、大沢さんと生島さんは、子弟のような関係があったからだった。歳の差は22歳離れているが、大沢在昌氏は作家になる前から生島治郎氏のファンでファンレターを出していたらしい。双葉社の新人賞を大沢さんが受賞した時の選考委員に生島さんがいた。初対面の時、生島さんが「あの手紙、よく覚えているよ!君だったのか」と言ったらしい。

2人の作家とカメラマンを連れ、イギリスのセント・アンドリュースに1週間ばかりいた。オールド・コースでゴルフをしてもらった。仕事が終わってロンドンに戻ると、作家ふたりは、イギリスらしいカジノに行きたいと言う。そこで、私は、イギリス伊勢丹にいた友人に頼った。彼は、メンバーシップの小さなカジノに連れて行ってくれた。あのドデカいカジノではない。どこにあるやもわからない、ただシルクハットにフロックコートを着たドアマンがふたりドアの脇に立っている。イギリスのタクシーで乗り付けると「007」になった気がした。中は、中二階に食堂、地下の2フロアがカジノになっていて下のほうがレイトが高いらしい。アラブの王様と覚しき恰幅のよい男が、顔を覆った女性を何人か連れて降りて行く。その頃を思い出したメッセージだった。  

彼の顔色は悪かった。同窓会の相談も終わり昔話も済み、皆で酒を飲みに行こうと彼を誘ったらしいが、彼は調子がイマイチだから帰ると言ったらしい。彼が酒宴を断るなど初めて聞いた。それからコロナ騒ぎが始まった。同窓会も開けない!彼からの最期のメールから約1年後、彼は天国に逝ってしまった。昨夜、新丸ビルの7階のフロアを半分貸し切って『偲ぶ会”』が開かれた。受付の先に「来夢来人」の看板がある。ライムライトと読むらしい。この店のオーナーで彼の長男が立っていた。挨拶をした。ミッツ・マングローブに向かって「キミのオヤジの徳光とは友人で、文藝春秋にいた時彼にミッツに会わせてくれって頼んだんだよ」と言った。彼の息子は「あっ、あの時の!」と返した!