ジャーナリスト菊池寛| 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 402

ジャーナリスト菊池寛

本来ならば、この10月1日に私は、香川県にある高松菊池寛記念館を目指して新幹線に乗っているはずだった。

2日の土曜日、市と記念館が主催する文学展の除幕式がある。毎年の行事で、色々な文化人、特に菊池寛に繋がりのあった文化人の個展示会である。除幕式は、朝が早い!9時から始まるので、飛行機を使っても間に合わないから、毎年、前日に高松に入る事にしている。

私が名誉館長になってからでも15回は続いているが、昨年はコロナ騒ぎで見送りになった。今回の話は、春から仮予定されていたが、8月の終わりに連絡が入って、どうも実行するようなニュアンスである。危惧していた。高松は出来ても、東京から人を呼ぶことは心情的に難しいと思ったからだ。

「いいですよ、僕はその日予定を入れときますけど、やはりこんな時に東京から呼ぶとなると難しいですから、ダメな時はダメと言ってくだされば」ちょっと良い子を装った。

ニュースを見ると少しは収まりつつあるものの、お医者様たちのコメントには危惧が読める。きっと無いなと踏んでいた。市長や菊池寛顕彰会の会長と共に、展示室の入り口で紅白のリボンをはさみで切る。ものものしく白い手袋をはめて。その後、マイクの前でご来館の方々にひと事。これがセレモニー。

その後、場所を移して私の講演がある。今回の総合テーマは「石井桃子の101年」と題された。石井桃子が書いた小説『ノンちゃん雲に乗る』は、ベストセラーである。小説作品も多いが、翻訳家としても腕をふるった。『クマのプーさん』や『ピーターラビットのおはなし』などは、彼女の翻訳が最初である。

祖父・菊池寛との関係は、彼の創立した文藝春秋に石井桃子が編集者として働きだしたことにある。それ以前に菊池寛と石井桃子は出会っているが、忘れてしまった。

2008年に亡くなられたが、彼女の言葉に「大人になってからのあなたを支えるのは、子ども時代のあなたです」は、心に残っている。除幕式のひと言くらいは、石井桃子含みで話はできるが、石井桃子のことをあまり知らない私は、彼女をテーマにした講演などできない。

春、講演のテーマを訊いてきたので、いつもの如く好い加減なことを言った。「ジャーナリスト菊池寛」あまりにも適当である。

しかし、まだまだ先の事でもあるし、私の講演は、もともと準備をしない。お客さんの顔を見て話を進めていく。下手に台本でも書けば、間違った時に頭が真っ白になり、ただ茫然と立ちすくむのみになる。

年齢の行ったお客さんが多ければ、その方々に興味ありそうなことを選ぶ、若い人が多い時は、菊池寛の多くの女性関係を話してお茶を濁す。大学の講師として呼ばれる時は、真面目な文学者に祖父・菊池寛になる。

さて、ジャーナリストっていっちゃったからなぁ!パンフにも写真や私の名前、演題がもう刷り込まれている。「弱ったなぁ!」そんな時に高松から電話があった。展示会は予定通り、ただし私の講演はリモートで!「えっ、リモート!お客さんの顔が見えない!目の前のパソコンに向かって1時間講演をしなければならなくなった。一番苦手なパターンをせねばならなくなったのだ。南無!