瓦斯には困る| 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 397

瓦斯には困る

毎週、月曜日と木曜日はドラムの自己練習日と決めている。

私の知人で京大の名誉教授森谷敏夫博士も中学校時代から趣味で空手の道場に週に2回ほど通っていると聞いた。70歳を過ぎれば、ひとつ、ふたつ趣味を持った方がいい。それも年をとってもやれる趣味、健康になれる趣味が大切だと思う。なぜなら、趣味である以上長続きする。

ゴルフなどもいいかも知れないが、80歳をすぎると、どうも18ラウンドは難しくなるそうだし、やれ、腰が痛い、体が回らなくなり球が飛ばない!仲間が入院した、車の免許を返上しなけりゃ危なくなった。いろいろ弊害が出てくる。大の大人がはまるスポーツだから、面白いのはわかる。かく言う私もゴルフをしていた。

しかし、サラリーマン時代ならばいいが、年金生活では金が捻出できない。腰も痛くなり、一緒にやっていたひとがぎっくり腰で救急車で運ばれた。友人と暇が出来たら思う存分ゴルフをしようと言って、電話をかけたら「僕さ、今入院していてさ、余命3か月と言われた」ゴルフどころじゃない。慌てて見舞いに行った!

私の父が亡くなった葬儀の時、4人乗っている車が葬儀場の前に停まった。ひとり降りてきて、これ4人からの香典と私に手渡す。「おい、駐車場は真向いの……」と、言うと「いや、すまん!これからゴルフでな、体に気をつけろよ!」と言って走り去った。彼らは皆、私の父に大なり小なり世話になった連中だ。

「いいさ、親父は死んだんだから」と私は呟いたがどうも腑に落ちない。それで、私はゴルフを辞めた。伯父もゴルフ好きで、運転手とキャディーの代わりに私をゴルフ場に連れて行ってくれたが、80歳を過ぎると、3ホール目のクラブハウスの近い所で「僕は、クラブハウスに戻って、風呂に入って、珈琲でも飲んでるから気にせずにゆっくり楽しみなさい」と言ってよく抜けていた。ゴルフも長く出来るものでもないらしい。

その点空手は、形がある。勤勉で通うほどに上手くなるし、年をとってもできる。ドラムも同じで、昔アメリカのミシシッピー川のほとりでジャズのメッカ、セント・アンドリュースに行った時、舞台の上で死ぬのではないかと思える老黒人ドラマーが枯れた素晴らしい音で私を魅了してくれた時、驚いた!

ドラムを叩いている時と舞台から降りた時と落差である。ドラムを叩いている時は、シャキッとしていたが、降りた時は、右手に杖を持ち、左手は壁を這うように歩いていた。私は、その時に思ったのだ。「年をとったら、絶対にこんなドラマーになってやるぞ!」と。

年を取ると無理が効かない。本当に好きでなければ練習にかよわない。縁側で草花を愛で、小鳥のさえずりを愛で、茶をすする。こんなこと躰にいいわけないじゃない。

以前、“京大の筋肉”と称された森谷博士に聞いたことがある。
「筋肉を使わない人は1年で1%くらい筋肉がなくなってくるんですよ。今。30歳の人が50年経って80歳になると、筋肉が半分くらいになっちゃう!筋肉の中に核があってね、そこに遺伝情報を収めているから、もう一度トレーニングしたとき割合簡単に元の太さにもどる。細いままの人が何もしないと筋肉は大きくなりにくいんだ」
筋肉も大切な臓器なんですね!