何かが変わろうとしているが…| 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 396

何かが変わろうとしているが…

赤坂のオフィスには、バスで通っている。

マンションの前にバス停があり、終点新橋で“渋谷駅”行きに乗り換える。乗り換えバス停まで4~500歩!家を出る時間が8時半過ぎだから、以外とバスは空いている。長年通うが、座れないことは、2度くらいしかなかった。

バスは、小さな橋を渡る。月島である。佃島の脇を通って築地、銀座、終点新橋である。バスは、数寄屋橋の交差点を左に曲がる。路は、通称電通通り、今でも古く小さい電通の発祥のビルがある。その路に入ると新橋駅まで一直線である。

バスの運転手さんは、気持ちよさそうにスピードを出す。ちょうど競馬場のゲートが開かれ、一斉に馬が飛び出すのに似ている。左右に細かい筋がある、その中でも大き目な筋が“みゆき通り”だ。その先にもある細かい筋には、馴染みが多い。

夜になると一斉に店の名のネオンが灯る一帯だ。白い蝶、スワン、琥珀なぜ付けたかわからないが店の名前に違いない。あけみ、純子、早苗は判りやすい。ママの名前だろう。銀六、数寄屋橋、銀園なども地名だと判る。

バスがスピードを緩めたのは、信号が赤だったからだ。私が昔、自分の庭のようにして通っていたひと筋を覗いてみた。もともと銀座は、デパートや有名店、薬屋、ユニクロを除けば、夜の街だ。飲み屋も、夜8に行ってもバーテンやママがのんびりと喋っていて、客はいない。

9時ころになるとボツボツ客が入りだし、10時から12時くらいがピークだ。昔、日本の景気が良かった時代は、ホステスたちも1時や2時まで付き合ってくれた。が、大企業がタクシーチケットを出さなくなると、女の子たちは、走るように地下鉄に向かう。

この10年以上、夜中の12時に行くと、バーテンとママだけが客の対応に励んでいた。上客やひとりのホステスを目当てに客が来ると、ママが手を合わせて女の子に最後までいて欲しいと耳打ちをする。「帰りのタクシー代は店持ちだから、お願い!」とでも言っているのだろうか?

昔と違い、女の子は大体昼間OLが多い。お酒が好き、家に帰っても寝るだけ、面白い話をオジサマたちから聞きたい!それが、彼女たちのアルバイトの理由だった。私は、下戸だから酒を吞みに行くのではない。だから文壇バーと称する出版社、雑誌、新聞等の客には学割がきく店しか行かなかった。

“眉” “葡萄屋” “小眉” “エル” 以前は、十数件あったがママが亡くなって閉めた店も多い。有名店でホステスとして修業を積んで店を出した“ドレス” “桃宵”などもあった。朝方までの商売、だから朝は街も眠っているが、それでも今のような空気ではなかった。

氷屋が来てシャキシャキと氷を切る音、無断駐車をして慌てておしぼりを各店の前に置くおにいさんの走る靴の音、寝ているのにそれなりの活気を感じた。

どよ~ん!空気が止まる、音もない、まるで夜が来ないようだ。今は無いが文藝のパーティーがあったコロナ以前「たまには顔を出せ、夏樹!」なんて叱られたが、それも無い。

コロナが明けたらどうなるのだろう!大雨災害の跡地のようになっていたら、寂しい!