コロナ鬱| 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 392

コロナ鬱

自由である、そしてとても不自由でもある。

私は、年齢が年齢だけに幸運にもワクチンを打てた。副作用として2度とも腕が多少痛かっただけである。最初の時の翌日に腕が肩から上に上がらなかっただけで済んだ。どちらも翌日の午後には、いたって普通に過ごせた。やりたい事はあったが、もしもの事を考えて接種の翌日は予定を入れなかった。

最後の接種から数えて、今はもうひと月以上も経つ。接種前は、接種がいつ出来るかかなり心配であった。家の中でも、あまり喋らないようにした。帰れば玄関に置かれた消毒液をジャケットや帽子、カバンに靴、履いたままのコットンパンツに振り掛け、そのまま洗面所に良き、石鹸でよく手を洗い、イソジンでウガイをする。

手などは、地下鉄駅を降りて、ショッピングセンターに入る時に消毒液をよく擦り、ショッピングセンターの渡り廊下で消毒液で磨き、ショッピングセンターの出口でまたつける。そして、目の前のマンションの入り口で腕から消毒する。時間がある時は、駅近くの煙草OKのカフェに入るが、入る時、出る時、消毒をする。そのビルの出入り口でも二度消毒をし、洗面所を借りても消毒をする。これじゃ無菌状態である。

コロナの恐ろしさは知っているつもりだが、無菌状態にした自分の躰も恐ろしい。菌は、コロナばかりではない。動物である人間は、無菌状態が続けばたちまち他の菌に襲われるかも知れない。その分、菌への対抗力が弱まってしまっているかも知れないからだ。

刑務所と違い、シャバに居られる我々は、自由である。自由であるからこそ、外食を控えたり、不要不急の買い物を控えたり、好きな映画を観なくなったり、自分のバンド活動の花ライブをストップしたり、自分の仕事の一部である講演会がすっ飛んでしまったり、東京に住んでいて横浜をベースとしているバンド活動を中止したり、飲み会やカラオケなどの話もしなくなったり、月1回集まるバンドのスタジオが閉まるのではないかと怯えたり、と様々なことに悩む。

愛煙家の私にとって一番困るのが、煙草を吸える場所がなくなることだ。何で、コロナと煙草が結びつくのか判らないが、喫煙室のある私のマンションも中に入れなくされる。喫煙所のある喫茶店もしかり、道端にある灰皿もいっさいが取り除かれる。

私のマンションは、普段でもベランダでは喫煙が禁止されている。全ての部屋は、家人のモノみたいだから、もともと吸えない。車の中も吸えない。私は、JT製の電子タバコとアイコス製の電子タバコ、何処だかわからない製の電子タバコの3種類を使い分けているが、電子タバコも許されない!

煙草は、ひとりで吸うので酒と違う。観ていると4名様までと張り紙がされている喫煙所に並んで、愛煙家はルールの基に吸っているし、最近では、ほとんどが電子タバコ。能書きには、99%カットと書かれているから、他人に迷惑をかけていないはず。

こうなると牢獄と同じである。ワクチンを2度接種したからと言って、不自由は変わらない。かなり心臓が強い私でも、これが続けばコロナ鬱になりそうな気がする。テニスのウインブルドンを夜間テレビで観ているが、満杯の客席に旨そうなビール。世界中に蔓延したはずのコロナだが、この差は何であろうか!ワクチンも足りないよ!