絶対公平 | honya.jp

閉門即是深山 24

絶対公平

その会は、長い間毎年2回決まって金曜日に催されてきた。
まさか、今回にかぎって木曜日だとは思ってもいなかった。だから招待状を私のスケジュール表に書きうつしたときも疑いも無く、次の日の金曜の欄に書きこんでいた。ひと月も前からであった。

その会の一週間前、有楽町にある東京會舘でおこなわれていたある催しものの会場の喫煙所で、作家の浅田次郎さんと立ち話をしていた。浅田さんも私と同じにヘビースモーカーである。余談だが、ふたりとも下戸であった。
「来週の芥川・直木賞の授賞式は、天気予報によると雪になりそうだね」雑談の中で、浅田さんは二度も私にそう言った。
はてな、来週の天気予報では木曜日は雪になるかも知れないけど、金曜は、そんな予報はなかったはず。でも浅田さんは、私が文春のOBだと知っているからオカシイとも思っていない様子である。
家に帰って怖々スケジュール表を覗いてみた。金曜と書かれている。招待状は、ショルダーバッグの中、いろいろな物を掻き出して招待状を探してみた。

 

「謹啓 ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
このたび、第百五十回芥川・直木両賞が次の通り決定いたしました。
芥川賞  小山田浩子氏「穴」             (新潮九月号)
直木賞  朝井まかて氏「恋歌」              (講談社)
姫野カオルコ氏「昭和の犬」           (幻冬舎)
つきましては、賞の贈呈式と受賞者を囲んでの祝賀パーティを催し、懇親の一夕を過したいと存じます。
今回は百五十回を記念した特別展示も行います。
ご多用のところ恐縮でございますが、ぜひご出席くださいますようご案内申し上げます。
敬 白

平成二十六年一月吉日
公益財団法人 日本文学振興会」

 

理事長名で招待状が来ており、日時の欄にはやはり木曜日午後六時~八時(受付五時半より)と刷られてあった。場所は、帝国ホテル  二階 孔雀の間である。

やはり、浅田次郎氏の言っていたことは正しかった。最近、私はよくこのような間違いをする。老人ボケが気になる。当日は、6時半から別の会合を入れてしまっていた。第150回という記念の会をスルーするわけにもいくまい。それに高松市菊池寛記念館からも招待を受けた職員が来る。逢う約束もしていた。
あちこちに電話をした。もう一週間も切っているからスケジュールを変えるのもひと苦労である。

当日、雪は降らなかった。第150回という記念式だからお客も多いようである。受付を済ますと、例年通り「芥川龍之介賞 直木三十五賞」と書かれた表紙の小冊子を手渡された。中には、受賞者たちの「受賞のことば」が記されてある。
まだ、開会には時間がある。ふと卵色の表紙を開いてみた。
祖父・菊池寛がソファーのひとり掛けの椅子に座り、右肘を椅子の肘かけに付けて、右指にタバコを挟んでくゆらせている写真が飛び込んできた。
その写真の下に「審査は絶対公平  菊池寛」とある。昭和10年1月号の「文藝春秋」から写されたものである。

 

いつか「話の屑籠」に書いておいた「芥川」「直木」賞を、いよいよ実行することにした。主旨は、亡友を記念する旁々無名若しくは無名に近き新進作家を世に出したい為である。だから、芥川賞の方は、同人雑誌の方を主として詮衡(せんこう)するつもりである。また広く文壇の諸家にも、候補者を推薦して貰うつもりである。賞金は少ないが、しかしあまり多く出すと、社が苦しくなった場合など負担になって、中絶する危険がある。五百円位なら、先ず当分は大丈夫である。賞金は、少ないが相当、表彰的効果はあると思っている。現代ではあまりに、無名的作家が多いので、何等かのチャンスを作らないと、玉石共に埋もれるようになる。この賞金なども多少その憂を絶つだろうと思っている。当選者は、規定以外も、社で責任を持って、その人の進展を援助する筈である。審査は絶対に公平にして、二つの賞金に依って、有為なる作家が、世に出ることを期待している。
(現代言葉に、私が書き代えました)

 

読んで黄色の表紙を閉じた。特別展示場を覗いてみようか。足が案内矢印の方に向かおうとしたとき、展示場の方から校條剛氏が現れた。彼は、このホームページの別のブログを担当している、メンジョウ氏である。私は、意味もなく彼にハイタッチをした。彼も私にハイタッチを返した。ハイタッチには、あまり意味は無い。