再び引っ越しについて | honya.jp

閉門即是深山 38

再び引っ越しについて

先週このブログに「引っ越しについて」を書いた。
私は知らなかったが、どうもこのブログは金曜日に更新するらしい。

翌々日の日曜日、私は友人に会いに単身渋谷に出かけていた。ちょうど話しが終わったころ、携帯のバイブレーターが震えだした。液晶画面を見ると家人からである。家人は、めったに携帯に連絡をしてこない。私には、さほど興味がないのかも知れないし、ほとんど「役立たず!」と、諦めているのかも知れないのだが。ということは“一大事”がおきたのだろう。画面をよく見ると“留守番電話有り”のマークが記されていた。1-4-1―7のプッシュを押し、留守番電話を聞いてみた。受話器からは「緊急事態発生!緊急事態発生!至急自宅に戻れ!」のような内容が流れてくる。すわ一大事と思い、友人への挨拶もそこそこに地下鉄に飛び乗った。とうの昔、爺さんも婆さんも死んでいる。母の葬式も父の葬式もずいぶん前に出した。家人は、留守番電話がかけられる状態のようであり、本人が危篤であるわけでもあるまい。息子夫婦なのか。ただし90歳に近い叔母を介護センターに入ってもらい、形ばかりの面倒を見ている。あるとすれば、このあたりか。地下鉄を乗り換えるために地上に私は出た。そうだ、考え悩んでいるよりは、家人に電話をかけた方が早いとそのときやっと思いついたのだ。
家人の話では、息子夫婦が私の家に向かっているらしい。そして「一緒にメシを喰おう、オヤジも入れて」と電話があったのだ。不穏である。恐ろしい。長男が7年前に亡くなって、次男が結婚をして、いまや4人の家族である。二組は、別々に暮らしている。突然4人でメシを喰うとは、緊急事態でもあるまいが、イコール家族会議をやるぞ!という殴りこみのようなものである。勘のよい家人は、私の胆を座らすために早めに電話をかけてきたのだ。地上に出てまでも家人に電話をかけなきゃよかった、と私は反省した。

次の悩みは、家族会議をなぜにやらねばならないか?であった。乗り換えた地下鉄の中で、私は考えぬいた。思い当らなかった。最近の私は、なにも落ち度の無い暮らし方をしている。死ぬまで働けと言われれば、死ぬまで働こうと考えているし、土日以外は、会社員時代と同じに家に帰るなと言われれば、その約束も守ろう。なにも無いときや間借りのオフィスで邪魔になるときは、雨さえ降らなきゃ、あちこちの公園に行き、コーラー缶を片手にブランコを揺すっている。ここ最近を考えるに落ち度は無いはずであった。しかし、きまって緊急家族会議のときは、私への弾劾であった。思いあたらなかった。1時間後、4人は、近くの蕎麦屋にいた。息子夫婦は、天ざるを頼み、家人は、ざると親子丼のセットを食べている。私は、地下鉄での悩みの末の胃壁のびらんで、ざる蕎麦も入らなかった。

お茶でも飲もう!との私を除いた3人の言葉に私は慄いた。恐怖であった。弾劾裁判のスタートが予想できたからだ。裁判の始まりだった。それは、先週のブログに書いた「引っ越しについて」の折りのT某についての箇所であった。
「オヤジねえ、オヤジは、他人を使い過ぎだ。今だって、コーヒーを持ってきたウエイトレスに、もう1本砂糖をくれだのミルクを持ってこいだの言うし、三ヶ月前にみんなでメシ喰ったときだって、料理を分けるから小皿をよこせなんて言った。家族として恥ずかしいし、働いているひと達は、みんな忙しいんだ。オヤジのブログを読むところによれば、身体が不調なT某を京都からよび寄せ、1階から3階まで、ものすげえ~荷物を持たせたそうじゃないか。そして、自分は、コーヒーとタバコと読書かよ~!」

怖れいった。誰も読んでいないと思っていたこのブログを少なくとも家族は毎週読んでいてくれたのだ。私は「読んでくれて、ありがとう!」とトンチンカンな返事をして、うれし泣きをしながら、3人各々の手をとって、また泣いた。
「判ってんのかよう、オヤジ」「判っている、ありがとう!みんな読んでいてくれているんだなぁ、ありがとう!」なぜか、家族全員私の顔を見ながら怒っているようだった。気のせいであろうか。

翌日の月曜日、コーヒーとタバコと読書をした後、オフィスに顔を出した。デスクの上には、てんこ盛りのファックス用紙が積み上げられている。お~ぉ、送り主は判らないが、用紙には、家族会議で糾弾された内容と似た文章だらけであった。中には、ドクロのマークだけ、“死ね!”や“殺す!”のひと言だけのものもある。私は、うれし泣きをし、号泣までしてしまった。だが、いまこのブログを読んで下さっている読者だけには本当のことをお伝えせねばなるまい。私は、現在腰痛持ちである。そして引っ越しの日、現役時代の大昔から持っていた名刺を捨てるために、いちいち目を通し、大昔から持っていた写真を種分けしていたのだ。写真には、松本清張氏の写真や池波正太郎氏のもの、最近亡くなられた渡辺淳一氏が将棋の谷川名人と撮られたものもあった。種分けせず全部捨てていたら、とんでもないことになっていただろう。

そういえば、原稿がブログにアップされたことの報告が京都のKさんからメールで届いていた。コンピューターは、時と場所を選ばないから便利で良い。
Kさんからのメールには、次のように書かれていた。
「Kです。お世話になります。原稿を預かりましたので、お知らせいたします。
引っ越しお疲れ様です…と申し上げようとしたところ、どうやらTさんが活躍されたようで……(笑)」   

クッソ~ッ!