クスリの話| ポテトサラダ通信(校條剛) | honya.jp

ポテトサラダ通信 42

クスリの話

校條 剛

 クスリとカタカナで表記すると、シャブ(覚醒剤)かコカインかと思われるかもしれませんが、病気のときなどに飲む、普通の薬のことです。

 拙文を読んでいただいているあなたは、現在、何錠のクスリに頼ってらっしゃるでしょうか。
 私はつい最近、一錠増えてしまったのです。
 そのクスリの説明をするまえに、毎日服用していた錠剤の数を申し上げましょう。

 朝食後に二錠、昼食前には食後にウォーキングが不可能なときのみ、一錠。
 夕食後に二錠。
 就寝まえに二錠。

 昼の分は省くと、普段は一日六錠の薬を飲んでいるのですが、それが七錠に増えたというわけです。これまでの六錠のクスリの内訳は、糖尿病薬インクレチン剤、排尿障害改善薬、アレルギー性鼻炎薬です。
 朝の分で増えた一錠は、「LDLコレステロール」つまり、悪玉コレステロールの数値を抑える効果があるというクスリです。

 糖尿歴十年超えですが、インシュリン注射は今に到るまで使ったことがありません。ヘモグロビンA1cは、このところ6.4あたりで安定しているので、日頃の節制とクスリが一応効を奏しているということなのでしょう。6.0以下、5.8あたりまで下げたいところなのですが、パンやスパゲティ、ご飯、うどん、蕎麦などの炭水化物、果物、お菓子類などすべてを食事メニューから排除しなければ達成できない数字です。

 人生の半分くらいは「食べる、飲む」という楽しみが占めているはずで、A1cの数値だけを目標にすると、生きていることの価値「QOL」、すなわち「人生の喜び」が極端に低下してしまうことになります。
 しかし、糖尿病が厄介なのは、この病気が血液全般の問題であるため、樹木の根のように万病に通じているという点にあります。

 そのうちの一つがLDLコレステロールの増加、よく「悪玉」と称される例のヤツです。この数値が増えると、血管内部にプラークがこびりつくことになります。プラークが溜まるとどうなるか? 血管の内径が細くなり、血流を狭い通路に通さなくてはならないので、心臓に余計な負担を掛けるわけですから、血圧が高くなります。
 全身の血管がだんだん固くなる動脈硬化を招くことはもちろん、頸部の動脈にプラークが溜まり、その部分が盛り上がってくると、一部が剥離して、脳に飛び、ほんの小さな破片でも脳梗塞を引き起こします。

 血液中の脂質が多くなる症状を脂質異常症と言うそうですが、糖尿と脂質異常症は親友同士のように固く結びついています。糖尿と言われたら、LDLの数値に常に気をつけていなければならないのに、糖尿の治療を始めた当初の何年かはこの知識がなく、LDL値を気にすることはありませんでした。

 一昨年まで京都に住んでいたときに、この数値が上がったため、通っていたクリニックの先生から頸動脈のエコー検査を勧められました。
 検査結果のエコー画像を見た時のショックは、いまも思い出せるほどです。頸動脈下部にプラークの堆積が明らかに確認できたのです。血管内壁にへばりついた小山が、血流の三分の一をせき止めているように思えるほど、あきらかな影として写っていました。おもわず「ああ」と声を発するほどの衝撃でした。

 大げさに表現すれば、近い将来に脳梗塞が発症するという予告の鐘が鳴り渡ったのです。言語障害を伴う半身不随、妻の手を煩わせる車椅子生活、血液を固まらせないクスリの常用、頻繁な通院、もちろん禁酒……。癌どころか小さな手術でも、まずは、血液さらさらのクスリを一旦停めてからやらなければならないことは、脳梗塞をやった友人から聞いていました。何をするにも健常者の何倍かの手間と時間がのし掛かってくるという、まっ暗な未来。

 京都の単身赴任を終えて、東京日野市に戻り、お隣の八王子市で開業している糖尿病専門クリニックに通うようになりました。ここで、さらに精密なエコー検査を受けたところ、頸動脈の上部にもプラークの層が存在していました。
 そこで、今度はさらに精密にプラークの形状を掴むことができるMRIの検査を新しく開業した立川市の脳神経クリニックでやってもらったのです。

 それが、一年前の2020年1月。その結果は「頸動脈のプラークはたいしたことなく、血流は正常。脳梗塞の気配なし、脳萎縮なし。非常に優秀な脳です」という診断でした。この診断結果は、頭上を覆っていた不安の雲を飛ばし除けてくれました。文字通り、躍り上がって帰宅したのです。

 それから、一年。LDLコレステロールの数値が正常範囲を超えました。食生活にどれほど気を使っていても、体質というモノが数値を左右するようです。毎日一時間のウォークも炭水化物制限も限界があるのですね。
「いまはいいクスリがあります。かなり数値が下げられますよ」という医師の言葉に素直に従い、LDLコレステロールのクスリを処方してもらったというのが、今日のお話の顛末でした。

 いまは、毎朝一錠、そのクスリを飲んでいます。次回の血液検査の結果が出るのは6月のあたま。どれだけ下がっているか、楽しみです。