ねこぢるさん | 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 526

ねこぢるさん

漫画好事家の方は、この名前で気がつくかも知れませんね!
あの可愛いねこたちが毒舌で世を切る凄まじい漫画家さんです。

私がコミック雑誌の編集長をしていた時に、共に編集部でタッグを組んでいた編集者が「編集長!面白い漫画家さんがいますよ、一度会ってくださいよ」と言って来た。

私が長年勤めてきた出版社は、大人、知識人を顧客としていた会社で、主力の月刊誌は、世の部長以上の人は必読の雑誌と言われていたぐらいに年齢層は高い。週刊誌は、今や大砲扱いで〇〇砲と渾名を付けられているが、私などはその渾名が不快である。所詮週刊誌などは“井戸端会議”のようなものだからだ。ただし、新聞やテレビ、ラジオなどのマスコミの今の為体を考えるとマスコミに仲間外れにされている雑誌でも世の中を見せる役にたっているから良いとしている。
出版も池波正太郎の『鬼平犯科帳』や司馬遼太郎、松本清張など大人向けの単行本、文庫本がほとんどで若向きの雑誌と言えば、せいぜいスポーツにスポットをあてている『NUMBER』くらいだろうか?

今から30年くらい前のコミック雑誌の創刊だった。世では、親たちが子供に向かって「漫画ばかり読んでいると馬鹿になるよ」と言っていた時代だった。そんな時代に大人の雑誌社がコミック雑誌を創刊するとは、コミック関係の人たちから見れば「おぬし、気狂いしたか?」とでも言いたかっただろう。社内も一部のひとを覗き視線が冷たかった。講談社や小学館、集英社など学年雑誌『ようちえん』『小学一年生』から各年雑誌を持っている出版社は、必然でコミックに入れる。しかし、“子供相手せず”と豪語していた雑誌社でコミック誌を創るのは、四面楚歌であった。しかし、この出版社は漫画雑誌に関して一番古いと言っていい。今のコミックと違い、前の漫画、四コマ漫画隆盛の時代の先駆者雑誌『漫画讀本』を他社に先駆けて創刊していたのだ。それが、また会社を狂わせた。漫画がコミックになっていた時代に、まだ昔のスタイルに社員の頭は洗脳されていた。後から出て行って、お金もかけず、急ぎ足で、コミック雑誌が簡単に創れ、売れるわけがない!我慢、我慢なのだが、その我慢が社には出来なかった。現在は、あのころのコミックがネットで商売になっていると言う。コミック編集部も出来ていると聞く!

ねこぢるさんは、奥さんで、旦那さんも山野一さんという漫画家さん。ねこぢるさんが亡くなって、山野さんが「ねこぢるyさん」と両方の名前を使い分けて仕事をされている。彼女が亡くなって、もう24年も経ったんだ!この連休が終わった一日、天候は晴天、お墓参り日和の日、あの時の編集者が送ってくれた小田急ロマンスカーの1号車1A席に座り町田に向かった。箱根湯本ならまだ解せるが、ひと駅くらいだ!駅からタクシーでねこぢるさんの眠るお墓までは、20分。山野さんと編集者の彼、私と三人で「梵」と彫られた墓石に手を合わせた。