お注射| 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 384

お注射

JAZZのドラムを教えている愛弟子からLINEが届いた!待ちに待った返事だ。と思ったら、スタンプで熊がドラムを敲いている。悔しいから、ウサギが壁からそっと覗いているスタンプを送り帰してやった!

その後、すぐに「家人と二人分のコロナワクチン接種番号」が送られてきて「取れましたよ~!」の言葉の後に熊が「OKEI」の旗を振っているスタンプが付いている。

私の眼は涙が溢れんばかりである。やっと取れた!5月の半ばが接種日である。家人は私の前日、接種会場は同じ場所である。万一のことを考えて家人が行く日も仕事を休んで付き添って行った。万一の時に付いていなければ、もう数の少ない年月、一生恨み言を聞かされることを回避する為が、付添をした本音である。

会場は、テニスの森、昔東雲ゴルフ場だった所の向かいにあるスポーツセンター、私の住民税も使われているかも知れないので堂々と使用できる。案内状に書かれていたが、ゆりかもめ駅から歩いて10分である。家人が駅で洗面所を借りたので、方向が判らなくなってしまった。知ったかぶりをしてしばらく歩いて、反対方向に向かっているのが判った。

「ごめん、あっちだ!」踵を返した。信号に捕まり、長い橋を渡り、会場の塀に沿った。が、それが長い。やっと着いたが急に心配になった。付添人は、入れませんよ!なんぞ言われたら、待つ場所に困る。考えてみれば65歳以上の老人集団!壮観である。だがままよ、と建屋の中に入った。

あの~ぅ、僕は明日ですが家人が…!「付添人の方ですね、一応お熱だけ測ってくださいね!」そこから流れ作業である。牛小屋、鶏卵所、良く言えば自動車工場に似ている。今日は、家人が主役だから私は「どうしたら良いか判らない」。とにかく番屋が沢山ある。各番屋が同じ勧進帳を見せろ!と家人に富樫が言っているのが判る。役所やの~う!ワクチン接種より書類の齟齬が彼等にとって一番の問題らしい。

関門は沢山あった。注射は、ものの1分だろうに、そこに辿り着くまでに各々の番屋、関門を通るのに15分もかかっている。「どうだった具合は?」「ちょっとシクリと痛かった、けど大丈夫」15分経過を見るために座らされる。終わると、また番屋がふたつもあった。

とにかく書類は、サインだらけになっている。責任転嫁のなせる業!これで重篤になっても、誰が責任者か判らない仕組みを作ったのだろう。小役人も大変である。7月いっぱいに高齢者全員に接種すると死んだ魚の目をした総理が考えずに宣言してしまった。現場は接種どころではない。自分が責任を取らねばならなくなりそうな事態を回避するために幾夜も夜なべして、このシステムを考えたのだろうか、可愛そうに!

帰りにお駄賃をくれた。「何で帰られますか?」最後の番屋で訊いきたので「タクシーで」と、私が横から口を出した。家人を待っている間に壁に貼られたポスターが目に入った。「お帰りがタクシーの方は500円分のタクシー券を差し上げます」と書いてあったからだ。

次の日、私はひとりで行った。雨が降っている。一度来たから方向は間違えずに済んだが、荷物と傘を持ち駅から歩くのが遠く感じた。1キロはある。老人の事など考えてはいない。保身ばかり考えるのも辛いだろう!