ピッコロ| 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 345

ピッコロ

「ねぇ、ねぇ、10万円の給付金でピッコロ買っちゃった!税金ばかり納めてきて、国からお金頂いたこと1度たりともないからね!」オーナーが変わったが、店の名前も変えず、煙草と珈琲をゆっくり楽しめる店が赤坂にある。以前のオーナーの時から10年近く通っている。話相手は、今のオーナー。

ピッコロって、これ? オーナーは、フルートの真似をした。言葉から感じる印象は、確かに横笛だが、私の買ったピッコロはドラムのスネアである。スネア? ほとんどの人が、これも知らないだろう。ドラムスの中で股に挟むようにしている小太鼓のことで、鼓笛隊などで一番目立つ太鼓のことだ。ドラムスも一番多く使う。スネアの標準サイズは、胴の長さ5.5インチであるが、ピッコロは、3インチあるかないかで薄い。少し高い音である。値段もスネアと同じで高いのだが、自己練習で借りている個人スタジオの人に頼むと、中古だが良いモノを探してくれる。給付金の1割くらいは、早々に何か買わねばならないと思っていたから、良い買い物が出来た。

実は、下手ながら、素人ながら、ドラムの基礎を教えている。無謀と知りつつである。私の早逝した長男の友達で、夫妻共々友人となった。夫婦同士で海外に20回以上遊びに行った。そのお嬢さんで、劇団四季の劇団員だったが、劇団の内紛で浅利慶太氏が四季を辞めた時、浅利さんについて彼女も辞めた。子供のころからタップが得意で、今、ジャズダンスの先生をしている。その女性にドラムを教えているのだから、大胆かつ不遜、なお無謀であるが、人に教えると自分も上手くなるという言葉を信じてお受けした。

スタジオに頼んで2台のドラムを並んで置き、何年か前に私が習ったようにドラムの基礎を伝えている。その時、私が使わせてもらっているドラムスにスネア代りにピッコロがセットされているのだ。彼女の練習のために、ふたりで敲くのだがスタジオの持ち主が言うには、ツインドラムを聞いているようで、なかなか良いらしい。以前何百となく練習した基礎の部分だが、認知症に近い私の頭はすっかりと忘れている。また、基礎をやらなきゃ、やらなきゃと思いながらも、目の前の最近習った復習に時間をとられ、基礎を繰り返すタイミングが無かった。しかし、教えると約束した以上下手は出来ない。ひとつ驚きがあった。譜面を見ても「こんなことやったっけ!」と思うのだが、私の躰が覚えていた。確か、このへんで苦しんだな!なんて何年か前の思いもプラスされて、結構楽しい自己の練習が出来る。ピッコロスネアにハマった。

渋谷や神田神保町あたりのドラム館あたりを見て廻ったが、やはりピッコロは少ない。仲良くなった店員に訊くと、ピッコロの人気が上昇しているらしい。慣れないと、誤魔化しがきかず難しい楽器だが、敲けるようになるとウキウキとする。老人は、金を持っていると言われるが残念ながらキリギリスの私は、青息吐息である。が、後期高齢者の一歩手前で踏みとどまり、最大の趣味をドラムに決めたのだから、1万円くらいの贅沢は許されるだろう!スタジオのオーナーに言われた。直ぐに、お弟子さんに抜かれますよって!老人にとって、そんな楽しいことは無い!