浅田次郎著『天子蒙塵』 | 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 190

浅田次郎著『天子蒙塵』

清朝最後の皇帝、ラストエンペラー溥儀と中国を我がモノにしようとする日本。日本は、溥儀を頂いて満州国を樹立した。日本における大いなる野望の歴史である。前回は、浅田次郎氏が描く近中国史を描いた『蒼穹の昴』シリーズについて書いた。その終わりに「浅田次郎氏の小説の中には、いつも私に教えてくれる大事なひとことが含まれている。今回の講談社刊の『天子の蒙塵1』の中にも二か所あった!頁の関係で次号に書くことにする。」と、書いた。読者との約束は守る。

ひとつは、北村という新聞記者が西太后の寵愛を受けた李春雲の計らいで溥儀と離婚した側妃への取材の場面である。本文199頁にその場面が出てくる。北村が側妃に訊く「あなたが離婚に踏み切ったのは、理が情に先んじたからではないのですか。皇帝陛下に対する愛情もしくは人情より、一夫多妻という理不尽への抗議を優先した結果ではないのですか。(略)」これに対して側妃文繡は「自分自身に忠実であっただけでしてよ。理を唱えるのなら、わたくしは皇妃であり続けるべきでした。(中略)理のために情を犠牲にすること、あるいは夫に対する不確かな愛情に、わたくしの自由を捧げることが忍びなかったのです。すなわち離婚は、情が理に先んじた結果でした」と答えている。私は、男女間の大いなる違いの答えがここに隠されていたと思った。判ってはいたが、言葉で説明しにくかったのである。私が浅田さんに教えられたのは「理と情で、男性は情より理が、女性は理より情が優先する」ということだった。何か少し女性を知った気がする。

ふたつ目は、312頁にある。拙い字で白虎張(張作霖のこと)が書いた「扁額には『天理人心』と書かれてありました。(中略)ただし、『天理人欲』ならば礼記の中にあります。天の条理と人の私欲、という意味ですね。大昔は人欲を醜いものとして否定しましたが、近世になると天理にそった欲望ならば肯定されるようになりました。(中略)古代においては、『天の条理に対し、人欲は無力で愚かしい』とされ、また近世に至っては、『天の条理にかなう欲でなければならぬ』という戒めに解釈されました。でも、『天理人心』では皆目わかりません。」ここです。今日の日本を考えると政府や官僚、首相、都知事に読んで頂きたくなる言葉です。「天の条理」に「かなう欲」、加計問題、共謀罪、豊洲問題!天の条理にかなっていると読者は、お思いですか?