悲しみよ こんにちは | 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 175

悲しみよ こんにちは

私が11歳のころジーン・セバーグが主演して有名になった映画である。
原作者は、フランスの作家でフランソワーズ・サガン。1954年に作者が18歳のときに出版された処女作である。本題は『Bonjour Tristesse』、ボンジュール!トゥリスツとでも読むのか。私は、何か悲しいことがあるとこの題名を口にする。この冬は、「ボンジュール!トゥリスツ」が多かった。気候のせいか、私の齢廻りのせいか判らないが、知り合いがやたらに天国にむけて旅立った。

まず長い間雑誌のコラム連載で担当していた永六輔さんが逝った。永さんの頁は、毎号1頁で『芸人その世界』というタイトルがついていたと思う。自分が長く担当して「思う」はなかろうと言う人がいるかも知れないが、なんせ35年以上前のことで、それに加えて私の脳ミソが少しずつ固まってきている。間違い、記憶違いが時々起こる。最近は、怪しい場合に「思う」をつけることにしている。
永六輔さんとは、一緒に旅をしたことがあった。「菊池さん、近所で古物縁日をやっているからちょっとぶらりと覗いてみましょうか?」冷やかしをしているうちに一軒の店で永さんの足が止まった。何か渋柿色の紙を覗きこんでいる。「これ何だか知っていますか?」私が首を横に振ると「これが江戸小紋の色付けになるんですよ」永さんは、あの舌足らずの言い方で私に教えてくれた。子供の頃幼稚園で、紙に絵を描き、その絵の部分をくり抜いてクレパスで塗ったような使い方をした記憶がよみがえった。永さんも私も何枚か買ったが、何べんも引っ越しをしているうちに無くしてしまった。数年前に何かの用事があってTBSの中にある喫茶店で待ち合わせたのだが「あ~ぁ!永さん、齢を取ったなぁ」と感じた。

三浦朱門さんが天国に召された。朱門さんにも可愛がってもらった。一緒に旅にも行った。「菊池くん、家に遊びに来ないか」と言われ、よく遊びに行った。家に行くと奥様の曾野綾子さんが、出迎えてくれた。朱門さんは頼まれた色紙には、かならず『妻を娶らば 曾野綾子』と書いていたのを思い出す。
やはり数年前に曾野綾子さんに用事があって、お家を尋ねたことがある。中に案内され「あんなに遊びに来たのに、こんな部屋だったかな」と思っていたら、朱門さんの声が聞こえた。曾野さんから「三浦に逢っていく?」と言われなかったので、私は遠慮をした。その時が、朱門さんの声を聞く最後になった。

文春の総務部から訃報メールが届いた。私より三つ四つ若い同僚が亡くなった。最近多いのだが、メールには「家族にて通夜・葬儀は終わられました」と追記されていた。これには困る。キャッチボールで急に球が戻ってこないのだから!