待っていました! | 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 169

待っていました!

1月19日19時ちょうど、待っていたメールが入ってきた!
「芥川賞に山下澄人さんの『しんせかい』」という文面である。
だいたいが、芥川賞が直木賞より一足早く決定する。それから25分後の19時25分にもうひとつのメールが飛び込んできた。
「第156回直木賞に恩田陸さんの幻冬舎刊行の『蜜蜂と遠雷』が選ばれました」とあった。私は、なにか心が浮きだった。

恩田陸さんは、1992年に『六番目の小夜子』で作家としてデビューした。2005年に『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞と本屋大賞を受賞している。ちょうどこの頃に私は、芥川龍之介賞、直木三十五賞、菊池寛賞などを司る日本文学振興会を担当していた。この頃の恩田さんの作品を読んでいる。『夜のピクニック』を含め、翌年の日本推理作家協会賞を受賞した『ユージニア』も、またその翌年2007年に山本周五郎賞を受賞した『中庭の出来事』も素晴らしい出来の小説だった。恩田陸の持つ奇妙な世界観が面白い。どの小説にも違った奇妙さを持った世界観が描かれ、それが頁をめくる楽しみでもあった。その頃から、時々直木賞の候補に顔を出すものの受賞には届かなかった。期待しているだけに「こんな天才が創りだす作品がなぜだろう?」と思い続けてきた。
そして、今回のメールの文面を見てニヤッとした。あの世界観にロートルの選考委員は付いて行けないのだという結論に達していたからだ。今の直木賞の選考委員は、浅田次郎さん、伊集院静さん、北方謙三さん、桐野夏生さん、高村薫さん、林真理子さん、東野圭吾さん、宮城谷昌光さん、宮部みゆきさんの9名。ほとんどの方を私は知っている。皆さん新しい感覚の持ち主で、他人の新鮮さを理解する器の持ち主である。

奇妙な世界観と書いたが恩田陸さんの初期の作品には、ファンタジーが多い。私が若い編集者の頃、直木賞は、冒険小説もミステリーも受け付けなかった。それが、1980年中ごろから冒険推理作家たちがどんどん受賞するようになった。しかし、その中にファンタジーのジャンルはなかったのだ。2000年代に入ってもファンタジーが受賞の対象になるなんて夢のまた夢だった。そのファンタジーが今回受賞したのだ。直木三十五賞の幅が、恩田陸の力によって広がったような気がする。
私は、若い時から推理小説好きで冒険小説好きだった。それらの作品に素晴らしいものが沢山あった。賞を担当するたびに愚直といわれるほど、このジャンルを押してきたつもりである。残るは、ファンタジーだった。読者にとって恩田陸氏の作品の世界観に入るのは難しい。が、入ると嵌まる。おめでとう、恩田陸さん!そして、ありがとう!