清しこの夜| 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 163

清しこの夜

カレンダーを見ていたら、この回は、どうやらクリスマスの前の金曜日、えっ、木曜日なの?金曜日が祝日だから木曜日掲載だって?はやくいってヨ~!
とにかく、クリスマス前の掲載だから題名を「清しこの夜」とつけた。無責任な話だが、何か考えて「清しこの夜」とつけた訳ではない。題名をつけてしまえば、何か浮かぶんじゃないか、そんな訳であった。

私は、小、中、高等学校とカトリックの学校に通っていた。大学もキリスト教系である。
確か高等学校の2年生になった頃だと思う。黒服が私を教員室に呼びだした。私の学校は、先生に交じって神父たちもフランス語や他の授業等を持っていたから、その神父先生たちを生徒の我々は「黒服」と呼んでいた。団塊の世代の1年前の我々であったから、その当時でも子供が大勢いた。しかし、その学校はクラスを増やさず1学年4クラスだった。
「各クラスから1名ずつ選んだ、ちょうど4人だ!この1年間は放課後に週、何べんかの授業をするからな!君のクラスじゃ、君が選ばれたんだ。文句言うんじゃないぞ、判ったな!」その黒服の先コウは、沢山先生がいる放課後に教員室の中央で大声で私に引導をわたした。

私は、居残りさせられるほど成績が悪くはなかった。
小学校時分は、父の帰りは夜が遅く、土日も出勤していたからめったに顔を合わせることはなかったし、母は母で結婚以前にしていた女優業に未練があったらしく、子育て半ばで俳優座に入って女優業を再開したから、両親とも不在がちであった。まぁ、もともと「勉強しろ!」などと言う家ではなかったから私は、遊び呆けていた。ま、そんな環境の中でよく育ったと自分ながら感心する。と言っても、もう齢70を超した訳だから、いまさら言っても始まらないが。
ゆえに小学生時代は、よく遊んだ!友達も沢山居て、まさに遊び呆けた。が、中学に入って勉強に目覚めたのである。しかし、楽ではなかった。目覚めたとは言え、小学校で遊び呆けた訳だから基礎が出来ていない。私は、小学生の時に使った教科書を引っ張り出してきて、そこから勉強をしなければならなかった。同時に陸上部の短距離の選手になり、運動を始めた。当然、中学での勉強もある。中学時代は、小学校の復習をしながら中学校の教科書を丸暗記した。しかし、どれも休まずにやった。両親に対する当て付けでもある。家が家庭的でないことに対する当て付けなのだ。
私の成績には、両親とも無頓着で、成績が上っても褒めてはくれないし、落ちても何も言わなかった。
成績は中学、高校と上位から落ちたことがなかった。そんなのに居残り組とは、いったいなぜなのだろう。
黒服から居残り組みを宣言された私は、疑問ばかりが頭の中を渦巻いていた。小学校から足が早かった私は、陸上部でも、ちょっとしたヒーローだった。練習をさぼったことはない。勉強もまあまあだから、居残りさせられることが解せないでいた。しかし、そのころ真面目だった私は、居残り4人組の教室も休みはしなかった。
卒業時には、中高の皆勤賞と東京都から体育功労賞を授与されたくらいであったのだ。
私の学校は、当時受験校で大学を持っていなかった。陸上界で足が早いと噂になっていたので、ある私大からアメリカンフットボールを4年間するなら入学させてもいいと陸上部部長教師のところに話が来たこともあったが、硬派をやめてナンパになろうと決心していた私は、そんな美味しい話を蹴った。

そんなころであった。居残り組教室に変化があった。黒服からひとりひとり面接があると聞かされたのだ。その質問はこうだった。
「この教室は、神父になってもらいたい生徒を選抜して造った教室です。君は、洗礼を受けていない異例ですが、もし、神父になる気持ちがあれば上智大学の神学部に推薦することが出来ます。重要な問題ですからね、君もよく考えてご両親とも相談して、来週までに返事をくださいね」

えっ、俺が神父に?幼稚園時代は、日本女子大付属の幼稚園だったから、ほとんどが女の子だったけど、小、中、高等学校は、女性無しの男子校で、やっと卒業したら軟派になろうと決心したのに、神父だって?カトリックの神父は、厳格な規律に従わなけりゃいけない訳だよね。神学部を卒業しても何か変な服装をして静々と摺り足で寮みたいな所を歩いてなきゃいけないんだよね!むっ、無理!両親だって、きっと相談にのってくれやしないし、受験しなくてもいいのは魅力だけど、しっ、神父なんて、むっ、無理!私は、即座に断ることに決めた。

それから何年経っただろう。ある女性が、どうしてもクリスマスの夜に教会に行ってみたいと言うので、しぶしぶ大きな教会に入った。多くの信者たちが、教会のクリスマスミサを静かに待っている。我々は、一番後ろの通路側の席で祭壇を見守っていた。鐘が鳴り、私の真横の扉が開いた。長い行列。十字架を持つ子供、香を振る子供、讃美歌「清しこの夜」を歌う子供たち。そして、今日のメインの神父が白装束に金の刺繍の袈裟を首からさげて現れた。ギョッ、あの時の4人のひとりがその神父だった。4人の内で神父になることを断ったのは、私ひとりだったと後から聞いたことを思い出す。清し~、この夜~♪