再会 | honya.jp

閉門即是深山 85

再会

その朝、私はストレッチの効いたできるだけ明るいブルーのジーンズを選んだ。最近、男性用のジーンズもストレッチの効いたものが売られるようになってきている。しかし、どれもスリムときているから私のような歳には穿き辛い。なんだ、若者ぶっちゃってさっ!こんなように思われているんじゃないかと思うとストレッチでクラシックスタイルはないかと思うのだが、探しても全部が全部裾がスリムになっている。

ソックスは、穿くかどうか迷ったが、あるタレントの顔を思い出して穿くことにした。ジーンズよりやや明るめのブルーで、Tシャツに色を合わせた。ブルーのTシャツだけは、先週末に買っておいた。同じようなものを持ってはいたが、だいぶ以前に買ったものだから襟がたるんでいる。私は、小太りで、特に4年近く前から腹が出てきた。だから襟が詰まったものでないと似合わなくなってきている。身体や心がだらしなくなってくれば、せめて着るものだけでもキッチリしなければサマにならない。Tシャツの上に白い麻の半袖のシャツを着た。これは、出た腹を少しでも隠す為で、普段はベストにしている。

さて、これだけで良いのだが、その上に絞りのような生地の白地にブルーの細いストライブが縦に入ったジャケットを着た。家人に、また暑苦しいと言われそうだが襟が無い服は丸い身体に合わない。どうしても、私の体系はジャケットを必要とする。
それに、私は何でも形から入るタイプで、実力以上に観せねばならない時は、普通以上に派手な服装にする。
ジャケットの胸元に、これも先週末ふと安いので買ってしまった蜻蛉を模ったピンバッチを付けた。トンボの羽根がスカイブルーで、赤い珊瑚の珠がぶら下がっている。店員に訊いたら本物珊瑚だと言うので1000円なら安いと思い買ってしまった。ブルーのジーンズ地のキャップをかぶり、アルマーニの細めのサングラスをかける。サングラスは、レイバンの方が好きなのだが主張が強すぎるので、細めにした。
実は、衣装をブルーと決めたのは、ライブ会場が葉山マリーナで「海と空をイメージする」とギターの奴がいったからだった。それは、とても怪しい。彼のお気に入りのパンツがスカイブルーなので、それをただ着たかったのではないかと私は疑っている。

車のエンジンをかけた。後ろの座席には、今日使用するスティツクケースとスネアドラムを積んでおいた。
スネアケースは、黒いビニール製で50年私が使っているものだった。先週、若い時分にバンドを組んでいたベース担当の友人の家に行き、長い間預ってもらっていたドラムセットを引きあげてきた。40代のころから預けてあったのだから、いい迷惑だったろうが、私の家にセットを置くスペースがなかった。けっこう大きな倉庫はあったのだが、祖父の遺品が沢山あったため仕舞うことができないでいた。去年一念発起して遺品を高松市にある菊池寛記念館に送ったので、やっとセットを置くスペースができた。
しかし、問題があった。ドラムのセットはばらせるのだが、大太鼓は大きすぎて私の車のドアにつかえてしまうだろう。そうこう考えているうちに、また半年経ってしまった。やっと気がついた。バスドラムも前後の枠がネジで繋がっている。枠をはずせば車に載せられるかも知れない。そして、私は、何十年ぶりかで愛するセットと再会することができた。ドラムは、現在では日本製でもPealやYAMAHA、TAMAなど良い楽器があるが、私たちがグループを50年前に組んだとき、良いものは全て外国製品だった。ロジャース、グレッチ、ラディングなどに憧れたが、とても買える値段ではなかった。就職して私は、中古のラディングを手に入れた。それが愛すべくセットになった。

ライブ会場の葉山マリーナの天気は、晴天だった。
出しものは、ジャズバンドと我々ロック、そして友人がコミカルなタップを踏む。もうひとつ葉山ダイナマイツというバンドが入る。そしてタヒチアンダンス。盛りだくさんである。
マリーナは、多くの大きなヨットが陸揚げされていた。その間を縫って車を移動して駐車場に入る。
練習時間は、20分。本番は、8曲だから40分弱はかかる。
練習も終わってそろそろお客たちが集まってきた。会費は、男性2000円、女性1000円。飲み放題、バーベキュー食べ放題だから高くはない。
一緒にバンコクによく行った友人夫婦、奥様は何年か前に天国に召された。夫の方も来てくれた。その友人は、急逝した私の長男の幼稚園の友達のご両親。幼稚園で息子と仲良しだったお嬢さんは、劇団四季で大活躍している。彼女も来てくれた。あとは、私のオフィスの近くの喫茶店new SEMのママや女性たち。お客は、300人以上来ていると主催者側の発表があった。

海に向かって演奏をした。音が海に吸いこまれて行く。雲に西日が当たって幻想的である。曲が進んで行くうちに、皆が躍り出した。楽しそう!
皆が喜んでくれるのが、一番うれしい!
陸揚げされた大型ヨットの上にも観客が手拍子しながら見下ろしている。ヨットとヨットの隙間から海が見える。江の島の方向だ。ふと観て驚いた。もやった空から大きな富士の山が見えたのだ。世界遺産になった富士山に向かって、友人たちと演奏することができるなんて、なんて幸せだろう!