と~しのは~じめの~、ショック! | honya.jp

閉門即是深山 22

と~しのは~じめの~、ショック!

その日、私はいつものように赤坂のオフィスの直ぐ傍の“NEW Sem”という喫茶店で本を読んでいた。喫茶店の名前は、良く覚えられない。ニュー・セイムと読むのだろうか。オーナーの頭文字にちなんだ名前だと聞いたような気もする。そこは、居心地がいい。あまり大きくはないし、昔の喫茶店のような重厚さもない。“カフェ”というものだろうか。
私が居心地が良いのは、喫煙可であり、珈琲が美味しく、1杯300円と安く、何時間本を読み続けていても許されるからだ。ただ、昼時は、ランチがあるから混む。珈琲だけでは悪い。昼時にかかるときは、食事を頼むし、食欲がない時は、午前中に行って、11時台にオフィスに戻り、また、席が空いたころ出直すことにしている。客の方も配慮が必要だ。喫茶店での顔見知り仲間も増えてきた。「えっ、今日、まだ、菊池さん来てないの、あの爺、風邪でもひいたのかな」といって帰る客もいるらしい。

そろそろ香川菊池寛賞の季節がやってきた。受賞作品と奨励賞の作品が届いた。香川菊池寛賞の授賞式に私も出席する。大西高松市長の話の後、私が挨拶をすることになっている。初代の菊池寛記念館の名誉館長だった私の父はどんな挨拶をしていたのだろうか。彼は、あまり文学に興味がない。なので、作品も送られてこなかったようだ。ただ「おめでとう!おめでとう!」といっていたのかしらん。
私は、現役時代文藝の編集をしていた。芥川賞・直木賞の社内選考委員もしたし、両賞や大宅賞、松本清張賞委員長もした。各新人賞もしなければならなかった。ローカルといえども香川菊池寛賞も文学賞である。新人賞だって著者にとって一世一代の時である。「ただ、おめでとう!おめでとう!」じゃな。私は、2作をかならず読んで行き、受賞式では、良い所悪い所をかならずコメントに入れることにしている。新人賞のようなものだから、読むのに骨が折れる。どうしても、新人は、書くことで精いっぱいなのだ。読者のことや、読む辛さを慮らない。だから、読むのに苦労する。
今回、第49回香川菊池寛賞の受賞者は、純文学だったが、読みやすかった。上手いのだ。「介護の苦労」を書いた作品で面白かった。2作読むとき、続きざまには読まない。味が混ざって、判断がし難くなるからだ。間にベテランの書いた本を読む。今回は、浅田次郎著作の『プリズンホテル』を読みだした。浅田作品はずいぶん読んできたが、この作品は氏の初期の作品で、読み落としていたのだ。ヤクザのオジが開いたヤクザ専用のホテルの物語。面白いなんのって、面白い。珈琲の香りと煙草の煙の中で、どうも笑ってしまう。ニュー・セイムで午前中、本に入り浸ってしまった。

オフィスに戻り、パソコンを開き、メールを読み始めて、絶句してしまった。今年初めての“ショック!”
それは、同級生M君からのメールだった。彼からのメールは、頻繁ではない。私のアドレスを何年か前の同窓会でM君に出会った席上で伝えていた。いや、その前の隅田川で舟をチャーターしての舟遊びのときだったかも知れない。屋形船ではなく、イギリスのテームス川で往きかう木目調の洋風の舟だった。100名くらい乗れる大きな舟での同窓立食パーティーで彼に渡したのかも知れない。それから、1通か2通かメールが来た。M君とは、中高時代の同窓だが、親しい間ではなかったはずだ。しかし、M君は、私に親しげに話しかけていた。

メールは長かった。話の主旨は、昨年の暮れも押し迫った夜のことだったらしい。下腹部に激痛が走り、血尿が出て、逆に尿が出なくなったらしい。あまりの痛さに姉に連れられ、東京タワーの見える大病院に担ぎこまれた。検査の結果、膀胱癌が見つかった。姉? 彼は、68歳になるまで、ひとり身だったのだろうか? それとも、離婚をしたのか? プライベートは知らなかった。メールは、続いていた。彼は、入院先の医師から余命三年と告げられたようだ。これから膀胱を切除し、腸の一部で膀胱を造り、お腹に入れると書いてあった。
そういえば、大学時代の友人で生き死にの狭間に立つ男からのメールが最近は来ない。若いときメキシコに住みつき、何度か日本に帰って来たときには会ったが、死ぬなら住み慣れたメキシコがいいと、帰って行った。
前回のM君との出逢いの同窓会は、私も幹事団に入っていた。同級生名簿には、かなりの空きがあった。連絡先が見つからない者も少しはいたが、先に逝ってしまった友人も少なくない。いま、日本は、長寿だという。私の祖母も伯母も90歳台で亡くなっている。父は、87歳。叔母は、存命だが脳卒中で介護センターに入っている。88歳だ。私は、今年68歳になるが、一世代前の人たちに比べ、我々世代は、あんなに生きられないかも知れない。Uターン現象がおこっているような気がする。人生50年と。
それはそれで、良いのだが…。

*追伸:
読者の皆さまに謝らねばならないことに気がつきました。昨年書いたこのブログの中に偽りがあったのです。いかに私が書いたものがいい加減かの証みたいなものです。あのとき私が書いていた原稿が1月15日発売の『文藝春秋の増刊』に掲載されるとブログに書きました。ところが、先週の土曜日の朝日新聞の朝刊に、その広告が載っていたのです。広告には、文春ムック『芥川賞・直木賞150回全記録』(文藝春秋 特別編集)とあり、2月17日発売と書かれてありました。キャッチコピーは「第1回(昭和10年)から現代まで、ふんだんな写真とともに見る2大文学賞の歴史、選考委員の回顧、受賞の現場など永久保存決定版!」と書かれてあります。
336頁のぶ厚い、立派な本ですが、もちろん私の原稿が載っています。それも、なっ、なっ、なんと、永井龍男の書いた『回想の芥川・直木賞』の直ぐ後、7頁目にです。

こっ、これ、これを買って読まなければ、あなたに、ふっ、ふっ、不幸が・・・。