「老いる」について | honya.jp

閉門即是深山 60

「老いる」について

『閉門即是深山』を書き始めて60回目になった。
なにも60回になったから、60歳にかけて「老いる」をテーマにしたわけではない。
今年、長い間お付き合いを重ねて頂いた『失楽園』の著者渡辺淳一氏が三途の川を渡られ、一昨年、平成24年「五十有余年におよぶ活躍と、弧高の精神を貫く映画俳優としての存在感」を理由として第60回菊池寛賞を受賞された名優高倉健氏も今年逝かれた。
おふたりとも80歳を僅かに越えたばかりだった。現在、平均的寿命は何歳か知らないが、80半ばだったと思う。もうひとつ平均健康寿命というのがあるが、これは70歳半ばだったはずだ。
このくらいの歳になると誰しも何かしら病気になるんだよ、との証だろう。これらは、日本が世界一の老人国になった証明かもしれない。しかし、私は、このまま平均寿命がのびていくとは思わない。上記のおふたりだって平均寿命の前だった。また、知り合いで亡くなったひとたちも、80歳に届かなかった。
平均寿命を押し上げていたのは、私の一世代前、大正生まれか昭和初期生まれの方たちまでではないだろうか。
最近、新聞の死亡欄を見ると60歳代、70歳代が目につく。平均寿命のUターン現象が始まっているのではあるまいか。

渡辺淳一さんは、生前に「小説家はね、自分の経た歳の人間までしか書けないんだよ。経験出来ないひとの気持なぞ、想像出来ないもんだからね」とおっしゃっていた。
その通りだと思う。現実、老人たちの気持ちを想像することは、老人手前の人や若者たちには、無理だと思う。よっぽど想像力の豊なひと以外は……。それが解るのは、自分が老人になってからだと思う。

「老いる」とは、身体や心が壊れてくるのだと最近知った。
私なぞも、そろそろ壊れてきたからだと感じている。身体も、心もである。
私は70歳まで、まだあとほんの少しだけあるが、アバウトに言えば、充分70歳である。
自動車で言えば、乗りっぱなしに乗ったポンコツと言ったところか。
10数年乗れば、自動車も壊れてくる。まず、ゴムやビニールが劣化するだろう。タイヤのような消耗品は別として、電気系統のほとんどが絶縁のためにゴムを使う。また、窓を固定しているのもゴムである。ゴムは、どんなに大切に使っても劣化する。次に水廻りが壊れる。鉄類などは、錆びに弱いからだ。エンジンなどは、なかなか壊れないが、それ以外のあちこちが壊れてくる。
私も3年前に高血圧になった。今は、薬で抑えているが、私の身体を流れる血管(=車でいうゴム使用の場所)だけが悪いわけでもあるまい。すべてが壊れつつあるのだ。
耳も遠くなった。以前、家族たちから難聴を指摘されていたが、毎年おこなう身体検査では異常がなかった。しかし、今年の検査のとき、私は耳の異変に気づいた。何もわからず、聞こえずに、やたらめっぽうスイッチを押しているのだ。聞こえなかったのか、集中できなかったのか判らない。どちらでもあったのだろう。検査結果表には、初めて「難聴」と書かれてあった。歯も自分の歯は、少ない。
老眼は、50歳半ばで始まった。
歩き方も、起居振舞も、昔見た老人、そのままである。

私も昔は、若かった。なんだよ今さらと笑われるかも知れないが、若かったとき老人の気持ちが判らなかった。
今は亡き『鬼平犯科帳』や『剣客商売』の著者池波正太郎さんに
「キミ、僕が言っていること解るかねぇ、キミ」
と何回か訊かれたことがあった。池波さんが今の私より若い時分であった。
自分の脳が健常だろうか?と、若いときに考えたことは無かった。
きっと池波正太郎さんも、そんな不安に苛まれたのではなかろうか?
「いぇ、よく解りますよ」私は、池波さんに答えたものだった。今になって、この答えがあまりにも無責任だったのではなかろうかと思うときがある。
彼は、「老いる」不安を消したくて、縋<すが>る気持になったのではあるまいか。

最近の新聞広告や電車の中吊り広告を見ると『死ぬまで働け!』や『定年無しの世界』のような文言が多く踊っている。編集長たちは、まだ中年だから実感出来ないのだろう。
私も出来るだけ働こうと思っていたが、1年、1年、その自信が遠のいて行く。自分は、老人の身体で、この脳みそで、この壊れていく心で、そんなことが出来るだろうか、他人様の迷惑になってはしまいか、と。
お釈迦様は、人の苦しみや悩みの原因は「生・老・病・死にあり」と説く。多くの人にとって「生・死」は、実感が無いだろうが、自然、公平に皆味わう。問題は、「老・病」であろう。

さて、さて、「老・病」を味わっている私は、そろそろ後片付けを始めねばなるまい。人生、だいぶ散らかしてきたから、大変手間ひまがかかるだろうけれど。
でも、最期の力を後片付けに降り注がねばいけない。若人に、それをさせるわけにはいかないから。「老いる」とは、そんなことかも知れない。