私が一番好きな場所 | 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 443

私が一番好きな場所

私は、物を捨てられない性格をしている!息子などは、私の部屋の前を通らないようにしているらしい!もちろん、住んでいるマンションは別々だが、時々お嫁さんを連れて家人のつくる料理を食べに来る。私の部屋は、ドアが閉まらない。壊れているのではない!モノが邪魔をしてドアを閉めたくても閉まらないのだ。仕方なしに、つっかい棒を使って長い暖簾を掛けている。

中野の家を手放し、今のマンションに住んだ時は、綺麗だった。ホームセンターで畳一畳分の洋服整理棚を造ろうと、何本もポールを買い組み立てた。場所が悪かった。6帖くらいの自室の中央に、出来上がったジャングルジムの様な洋服掛けに洋服を掛けた。もちろん、着てみてきつくなった服やもう着ないセーターなどは、選んで捨てた!捨てたと言ってもゴミ箱ではない。知り合いの地方に住んでいる人に送ると喜ばれ、その上に野菜などの返礼が来る。ふるさと納税みたいなものと思って頂きたい。

仕事をするためのパソコンテーブルの上に、自分専用のノートパソコンを置いた。資料や漢字の確認をするための辞書も綺麗に並べた。脇には、タイで特注の壺形の電気スタンドもシャツ等を仕舞う洋服箪笥の上に置いた。小型のテレビも家人と寝る時間帯が違うので、自分専用として置いた。もともと備え付けになっていた洋服箪笥には、虫のつかないように薬をぶら下げ外国製で大枚を投じたカシミヤのコート、ジャンフランコ・フェレから頂いた何時着るんだと言われそうなハーフコートも掛けた。自分でズボンくらいは、と思って買ったズボンプレッサーもきちんと設置した。本棚には、好事家が涎を出しそうな有名作家のサイン本をずらりと並べた。一番上には、亡くなった息子がくれた品々や無印良品で買ったアクリル製のスタンド額に池波正太郎さんから来た最後の手紙を入れて飾った。その隣に、生島治郎さんと大沢在昌さんのサインの入ったセントアンドリュースに行った記念ゴルフボールもゴム製のボール置きに載せて飾った。空いた壁には、池波さん自筆の『鬼平犯科帳』で使用した鬼平の立ち姿や行燈と煙草盆を額に入れて飾った。なぜかベッドは、入り口の前に置き、家人が描いてくれた祖父の持っていた競馬馬トキノチカラの走る絵を飾った。
その時は、スタンドを点けるも消すも簡単だったし、エアコンを操作するのも簡単だった。

「何とかならないの?」と言われて10年近くが経つ。戦後何も無くて、ズボン2本とシャツ2枚、祖父愛用のイギリスで有名な生地屋のコートを私のサイズに作り直したコートが1着。ほとんど何も持っていなかった。これが、ボクのトラウマになったんだ!といつも答える。

ジャングルジムの中側には、今やサイズの合わなくなったスーツやジャケットが12年前のと同じように架かっているはずだ!その周りにゴミ屋敷同然、洋服の上に洋服、ダウンジャケットの中側に麻のジャケット!何がなんだかわからない!震災が来たら、洋服圧死すると思う!もし生きて居たらと、枕もとには呼子が置いてあるが!電気スタンドに手を伸ばして点滅させている。コトッと音がした!ゴルフボールは、もう見つからないが部屋の中にある。エアコンの操作のやりかたは、工夫したが出来るようになった!