流れ流れて| 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 235

流れ流れて

昨年7月だったと思う。私がドラマーとして所属する素人バンドRed Shoesとその兄弟バンドBJ’sのジョイントライブを横浜関内のライブハウスですることになっていた。ちょうど開演日のひと月前にメンバーのひとりに癌が発見され、即入院、手術と言われたらしい。メンバーの中に、ふたつのバンドを架け持つ人もいるから、ふたつのバンドを合わせてメンバーは、8人になる。8人にメールが飛び交い、諦めて今年6月2日の土曜日に1年延期することになった。昨年お流れになったのだから、両バンドとも今年は気合いが入っていた。

5月、皆で会場になるライブハウスを見てこようという話になり、関内北口ビルの12階にあるライブハウスで落ち合うことになった。東京湾岸に住む私にとっては、横浜は未知の場所だった。Red Shoesの拠点は、その名が示す通り横浜である。バンドの練習スタジオは、新横浜の駅の近くだった。そのあたりは、月に1、2度は通っている。横浜と言えば中華街、ここも子供の頃から親に連れられ何回か行ったことがある。横浜スタジアムのそばに私の知り合いの弁護士さんの事務所があるので、ちょっと判る。外人墓地は、以前その辺にある神奈川文学館で講演したことがあったし、みなとみらいやレンガ館も何かのおり行った記憶を持つ。だからと言って横浜を知ったことにはならない。とにかく、家から横浜の関内にどう行ったらよいか判らないし、何分かかるかも判らない。とりあえず、早めに家を出た。
有楽町から京浜東北に乗ったら「関内」に停まるではないか。ラッキー!指をならした。ずいぶん早く着いてしまった。とりあえず現地を見た。そのビルの12階は、色々なライブハウスが出来ていた。外からでは判断しようもないが、夜になれば音楽好きの若者やエレクトロギターやベースを肩から担いだ、破れたGパンを履いた若者やそのファンの女の子で溢れるに違いない。目的の店を見つけた私は、いったん外に出て約束の時間までコーヒーと煙草で時間を潰した。
店内には、もう私とコンビを持つベースウーマンとリーダーが来ていた。ぞくぞくと仲間が集まる。店主は、ベースを弾くらしい。お客を誘って舞台で何か始めるらしい。我々は、乾杯をしていた。「そこのあなた、ドラムさん?ここに来て合わせてくれませんか?」店主に言われ私は舞台に載った。知らない曲が次々に選ばれる。やっと合わせた。我等がバンドも演奏を始めた。楽しいセッションの夜になった。

その6日後であった。個人練習のためスタジオに向かった私に絶望的な腹痛と吐き気が襲った。救急車は、メディカルセンターで私を下ろした。CT、腹部レントゲン、採血と次々ベルトコンベアーに載っているように流れて行く。最後は、無影灯の下に私は寝かされていた。今年の6月ライブを私が流してしまった。しかし、7月に延びただけで済んだ。「無病息災」とは、幸の原点かも知れない。