私の意地 | 閉門即是深山(菊池夏樹) | honya.jp

閉門即是深山 131

私の意地

だいぶ以前に西田佐知子さんが唄った『女の意地』という歌があった。この名曲は、作詞・作曲共に鈴木道明氏によるものだ。
この歌詞には「苦しい」「未練」「泪」「儚い」「哀しい」「頼りない」という言葉が入っている。
要は「意地」とは、苦しく、未練があり、泪に濡れるような、儚い、哀しい、頼りないものなのだ。
ついでに岩波書店『広辞苑第四版1991年11月15日発行版』を見ると「意地」の使い方に、
「意地が悪い」「意地を張る」「意地を通す」「意地がきたない」等が書かれている。
ついでに、私が受験勉強の時に使うために親に買ってもらった三省堂発行で金田一京助編集代表の『明解国語辞典(改訂版)昭和38年の96版』には、「意地きたない」「意地尽く(ずく)」「意地っぱり」「意地張る(ばる)」「意地悪い」とある。因みに、この奥付を見ると定価480円とある。
またまた、ついでに、またまた三省堂1980年9月10日発行の『広辞林第五版─革装』を見ると「意地がきたない」「意地にかる」「意地を張る」と、ある。それじゃぁ、と思い集英社発行の『新修広辞典昭和57年2月28日第4版第一刷 (宇野哲人文学博士編)』を覗くと、「意地」の説明は、あるが使い方は書かれていない。まぁ、ポケットに入るくらいの小辞典であるから仕方がない。意味は、おおむね「気立て」「根性」とか「強情」「意気地」のようなことらしい。

まぁ、辞典類は、まだまだ持っているのだが、読者も困るだろうし、私も疲れたのでこのへんで止めておく。
いや、なぜ急に「意地」を調べだしたのかと言われるかも知れないので、予め書いて置くが、実は、この「意地」が今回のこのブログの本題なのだ。

時々、間違ったように私にも講演のご依頼が入る。これでは、喰っていけないが、ドラムの練習費用やバンド練習のスタジオ割り勘費用、そして消耗品の叩くスティックを買う費用くらいにはなる。要は、小遣いにはなるのだ。
さて、先日のことだが、高松のある団体から講演のご依頼があった。
これから、毎年、年に一回来高するときに講演をしてくれないか?そして、今回のタイトルは「菊池寛の小説について」でどうだろうという趣旨だった。私は、それを聞いたとき妙に「意地悪」な気持ちになってしまった。
ひとは皆、○○の孫だから、○○の全てを知っているだろう!作家○○の作品は、家族だから全部読んでいるだろう!と思っている。しかし、そんなことは、思い込みにほかならない。いや、自分の言い訳で、勉強不足かも知れない。私は、どうも「意地っ張り」で「頑固者」らしい。「意地汚くは無い」つもりでいるが、こう考えると「そう」かもしれない。

祖父・菊池寛の作品は、短編や長編、随筆や戯曲を合わせると1400編以上になる。ある研究者が作った資料でも、世に出た作品が1433本、他に24作品もあるらしいから、1457作品にのぼる。
いったい私は、その中で何作品読んだだろうか?研究者と違って家族にとって爺さんは、爺さんである。他人に言われて「恥ずかしく無い」程度は、読んでおかねばならないが、仕事では無い。他にも読みたい本が沢山あるから、いつか読もうと思っても、読んでいない作品は沢山ある。
作家の作品を語るには、その作家の全作品とは言わないまでも、80%以上は読んでいなければ語れない。また、ある程度は覚えていないと語れない。

このブログでも、祖父の名作のひとつで、私の好きな作品のことを書いた。最近読んだわけではなく、50年近く前に何度も読んだ。国定忠治が子分を連れ赤城の山に逃げ込み、子分を選び、あとは別れ別れになる選挙をする話だ。『入れ札』という作品である。私が頼まれたときに、得々と書き、得々と喋った作品である。しかし、読売新聞の夕刊を読んで顔を真っ赤にしてしまった。「春風亭小朝 菊池寛を落語化」との大見出しで、サブタイトルに「人間の内面の怖さ新鮮」と、ついている。森重達裕氏の署名記事だ。その中に小朝師匠が落語化された一篇『入れ札』の内容が手短に書かれていた。
「国定忠治が信州に落ちのびる途中、11人の子分から3人を供に連れて行くことになり、(夕刊 讀賣新聞 平成28年4月12日火曜日より)」
えっ、3人だったか!私は、思った。私は、ずっと供に連れて行く子分は、1人で、その1人を選ぼうとの選挙だと思っていた。孫が「あやふや」に喋ったり、書いたりしていたのだ。だからなんだ、1人でも3人でも変わらんじゃないかと言われれば、ホッともするが、私が書いたり、話したりすれば、信じてしまう。間違いは、間違いである。

私の父が亡くなる1週間前に、病院のベッドに座り、神田川の見える窓を見ながらポツんと呟いた言葉がある。私に向かって言ったのかも知れない。「お爺ちゃんは、デカかった!大きすぎた!」と。
菊池寛を父に持つ身として、一生抜けに抜けない父親を恨んだのか、自分の情けなさを愚痴ったのか、哀しそうな声だった。父は、お爺ちゃんから逃げ、逃げ切れなかった。逃がしてくれなかった。それが、彼のちゃんと喋ることのできた最期の言葉だった。私は「根性が無い!」「意気地も無い!」そして、「強情であり」「気立てが悪い!」。たまには、辞書を引くのも楽しいものだ!辞書は正しい!